Single Blog Title

This is a single blog caption
2
Mar

Yoshiの花街すれ違い懐古録 その④「お茶屋編」

皆様、暫くご無沙汰しておりました。このコミュニティーオペラのメンバーの大半が所属している同じくシリコンバレーの混声合唱団である Choral Cosmo の定期演奏会が最近あったものでブログを更新する時間がありませんでした。でもちょっとご無沙汰している間にこのブログもかなり高尚なトーンになり、このようなおちゃらけた駄文を書いていては怒られるかもしれないと思いつつも、性懲りも無くタイプをまた叩いちゃいます。

さて、Yoshi青年は生真面目と言うか、怖い親父様に逆らえないというか、ほんとに真面目に「柳町の清元のお師匠さん」のところにせっせと通っておりました。話は飛びますが その頃のYoshi青年のカラオケの18番は「隅田川」(東海林太郎ではなく島倉千代子のバージョン)でありまして、特に主人公の芸者が「ああそうだったわね。。。。私が清元の稽古から帰ってくると。。」というクダリを言うときのしぐさが、かなり本物になって来たのを覚えております。何せ、その通りの状況なのですから。(無論芸者ではありませんでしたが)

暫く清元の稽古に通っておりますと、また突然親父様から連絡あり「御茶屋に行くのでお前も柳橋に来い。」というものでした。何でわざわざ御茶を飲みに柳橋まで行くのか? 御茶なら喫茶店でいいではないか?などといぶかりながら、言われたところに行きますと、そこはまさに「御茶屋」でした。要するに、料理と芸者さんを出前で注文し、宴会(芸者を上げての)をする場所・宴席をそのように呼ぶと言うことを後年知りました。そこも風情はやはり格式のある玄関がちょっと分かり辛いような町屋で、今も神楽坂の路地裏を歩いていると路地を曲がった先にひょいと出くわすような佇まいでした。親子二人座敷で御茶屋の女将のもてなしを受けていると、「御免くださいませ」だったと思いますが、粋な言い回しのイントネーションで、「綺麗どころ?」が4人ほど入って来られるではありませんか。Yoshi青年どきどきして、胡坐から正座に座り直し、ちらっと視線を送ると、年の頃なら乳母桜、ひょっとしたらその頃の自分の母親よりも年配のお姉さま方だったように思います。もちろん、黒を基調としたきちんとしたお着物をまとい、白塗り(とは言っても舞妓さんよりは薄い)の御化粧で年齢不詳とはこのことですが、その怪しい魅力と鼻腔をくすぐる脂粉の香りにYoshi青年はくらくらしたような記憶があります。一体この設定は何でしょうね? 親父とこんなところで飲んでもかなりの出費のみ(無論親父持ちですが)で余り将来の商売にもなりません。多分親父様もそれほど「お茶屋遊び」に慣れた人ではなかったようですが、一応自分の命令で清元に通ってくれている息子を社会勉強も兼ねて労おうというものではなかったかと思います。本当言うと、労いなら御茶屋よりも銀座の高級バーの方に当の本人は行きたかったのですが、ここは清元に繋がる勉強ということでYoshi青年はその感性をオープンにして御席を楽しもうと心に決めました。「まあ、坊ちゃん、御足を崩してくださいませ。それじゃゆっくりできませんでしょ。」みたいな感じで、今では余り見なくなった、5ccも入れば満杯になるような御猪口に流れるような所作で御酒を入れて頂けます。その、差し方がさりげないのですが、妙に色っぽく、かと言って媚がなく、また設定量5ccの為「ま、おひとつ」の頻度が高いのですが、これが煩くない。会話もたわいのない話なのですが、親父様などと話していると、分け入らず、またそのちょっとした間に、音楽の流れの様に御酒を自然な所作で差しに来る。この一連の動きは一つの芸術ではなかろうかと 後年自分がいつも御酒の次ぎ差し側に回ることになり(男芸者と人は呼びますが)思い起こすことです。はっと気がつくと、御茶屋の女将の三味線で芸者さんの踊りが始まっていました。やはり、これは西洋流で行けば、個別客のディナーショーということになるのでしょうか。Yoshi青年の御茶屋デビューはこうしてどぎまぎしているうちに終わってしまいました。帰りに親父様からまた次の指令が出ました。「来月に予定されている清元の先生主催のおさらい会に名代で出よ。」というものでした。そんな、そもそも「おさらい会」て何? 私は人前で清元を聞かせるような状況ではないし、(やっと風呂の中で謡う程度)大体出席者はまたぞろ社長・恰幅の良いおじ様連中でしょ? そんな強烈場違い筋はもう堪忍して欲しいと願うYoshi青年でありました。

余談ですが、こんな花街勉強や、自分の育った環境から、その頃Yoshi青年は面白半分で良からぬ身の上を演じおりました。例えば同じ本部の入社同期の飲み会(何と男性9人、女性19人という素晴らしい比率でしたが)などで、ちょっとおっとりした方(無論うら若き女性)と個人的な話になりますと、急に関西弁になり(いつも関西弁だと人は言いますが)「僕のおかあちゃん芸者やったや。御父ちゃんの顔知らんねん。」などと酒席の座興で「花街シリーズ」の延長みたいに演じたりしておりました。すると、ある日同期女性のボス的な方に呼び出され、「白ちゃん!」(白奴ですから当然「白」です。)「いい加減にしなさいよ。ああいう冗談言うのは、相手を見てからにしなさい。彼女は「内の会社にもいろんな境遇の方がいらっしゃるのね。」って本当に同情しているわよ。」いけませんね。こういう冗談を言っていては。本当に、今も反省しています。

それでは次回は怖い怖い「清元のおさらい会」の話です。

文責 老松亭白奴